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ポップでカラフル、今にフィットする漆器づくりで、伝統工芸に親しみを。 【松江の漆芸・八雲塗の魅力を伝える職人・長屋桃子さん。前編】

ひと

「漆器の生産地」と聞くと、北陸や東北地方を思い浮かべる方も多いと思いますが、松江にも「八雲塗」という、独自の漆芸があります。
「八雲塗」とは、明治時代初期に松江の塗師(ぬし)によって創案された技法で、色の付いた漆で絵付けし、透き漆を何層も重ねることで、年月を経るごとに模様が鮮明になり、深い味わいが出て来るのが特徴です。

昭和初期ごろの八雲塗の作品たち。

私はいままで「八雲塗」の作品は、牡丹や椿などを施した優美で繊細な絵付けなどの、伝統的なものは見たことがありましたが、松江の商店街のお店、「八雲塗やま本」に置いてある長屋桃子さんの「八雲塗」作品と出会って斬新さに心を打たれました。

「ポップでカラフル! 漆器に親しみやすさを感じる長屋桃子さんの作品。」

長屋さんの作品は、若者にも受け入れやすいシャープな形、丸みを帯びた形などバリエーションがあり、鮮やかな可愛らしい雰囲気です。漆器は、形状と塗り方一つでこんなに表情が変化するのです。
長屋さんは、幅広い世代に「漆器を日常に取り入れてもらいたい」と考えて制作されており、古くからの技法も踏襲しつつ、現代の生活に受け入れやすい、色や形を追求して制作されています。また、伝統工芸を堅苦しくなく、ポップに伝えていきたいという思いも、作風に込められています。

長屋桃子さんの作品。「八雲塗やま本」にて。
刷け目のついた、独特の模様が素敵です。

「八雲塗やま本」の店内。歴代の様々な塗師が制作した、日用品から工芸品まで並んでいます。

「八雲塗やま本」は「八雲塗」の作品を購入でき、漆職人さんの作業も見学可能です。私は奥にある、作業部屋にお邪魔しました。すると、ショートヘアでTシャツ姿、明るく溌剌とした漆職人、長屋桃子さんが出迎えてくださいました。

長屋桃子さん、「八雲塗やま本」の漆作業部屋にて。

親しみやすい雰囲気の方で、いわゆる「職人さん」と一味違った印象です。
長屋さんは言います。「今の時代にも職人は物静かで頑固なイメージってあると思うんです。私はそこをまず変えていきたいです。」

「若者に漆の魅力を伝えるために。」

長屋さん曰く、漆の世界に興味を持つ若者は年々、少ない傾向になっているそうです。そして、次世代に伝えなくては途絶える技術です。
「20代前後の若い人たちには、職人の世界は厳しいというイメージがあるかもしれません。でも、好きなことを仕事にできる世界だし、何よりも制作するのは楽しい。だから、自分が漆の良さを伝えるために生き生きと活動している姿を見せていきたい。そうして、若い人たちに、もっと漆の魅力や職人になる楽しさが伝われば嬉しいです。」と長屋さんは話されました。

「生き物のように愛着が湧く素材、漆に惚れ、職人の世界へ。」

長屋さんは、松江で生まれ育ちました。小さい頃から絵やものづくりが好きだったそうです。金沢の美大に進学した長屋さんは、在学中に、漆という素材に惚れて一通りの技術を学びます。長屋さんに漆の魅力は何かと聞いてみました。すると、面白い答えが返ってきました。
「漆は自然の産物なので、生き物を扱っている感覚がするし、次第と愛着が湧く素材なんです。」

大学卒業後は、すぐには漆職人の世界に入らず、一度、北陸に本社のある一般企業に入る選択をしました。「漆の世界一本で生活するのはまだ不安でしたし、まず企業に入り、社会を学びながら、制作活動を両立させようと思いました。企業ではデザイン、広報、営業、販売などマルチに担当し、情報発信の大切さ、プロデュースの技術を学び、今の仕事にも活きています。」

長屋さんは、会社員時代にも作家として定期的に個展、販売会、海外への出展もされていたそうです。そして島根にUターンする転機を迎え、漆職人の仕事を軸とした道を歩みはじめます。まず、出雲に自身の工房を持ちました。加えて、大学在学時のインターンでご縁があった、松江の「八雲塗やま本」にて技術を学びながら働く機会を得ます。
現在は、週の半分、「八雲塗やま本」に勤務し、残りは自身の工房にて作業を行なうそうです。

とても細い筆で箸の絵付け作業をされる長屋さん。

「目の前のお客さまのオンリーワンを作りたい。」

漆器は本来日常に親しみやすいもので、使ってもらってこそ意味があると長屋さんは言います。
「漆に扱いにくいイメージを持たれるお客さまもいらっしゃいます。しかし、生活に使うと便利な点もいっぱいあります。例えば、陶磁器より割れにくく、修理も可能で、毎日使い続けるほど艶と硬さが増して長持ちします。もっと気軽に漆器を使って、家族の食卓をより楽しんでいただきたいですね。」

料理人さんが盛り付けた器を、長屋さんご自身が撮影。お刺身と漆器の相性がとても良いです。
きゅうりと長屋さんの器の調和が素敵な一枚。

長屋さんは今、お客様から依頼されたオーダー品、「八雲塗やま本」へ納品する作品制作、漆器の修理など様々な仕事をこなします。そして、新しい作品制作にも意欲的に取り組んでいます。最近、出雲の工房を新しくされ、今後はオーダー品制作をもっと増やしていきたいそうです。

「新しい工房では、その場で器の木地から選んでもらうことを考えているので、形、色、加飾の種類まで完全オーダーメイドのものづくりもしてみたいです。目の前のお客様にとって「オンリーワン」の作品作りをするクラフトマンになりたいですね。そして何より、お客様に末長く大切にされるような作品を作り続けていきたいです。」と熱く語ってくださいました。

長屋さんのもう一つの理想は、将来的に、漆職人を育てて地元で産業が回っていく仕組みを作り、安心してものづくりに取り組める環境を作ることです。
ご自分の活動の発展だけではなく、次世代に技術をつないで「八雲塗」の文化を守り、生まれ育った土地に恩返しもしていきたいと将来を語っている姿が印象的でした。

「漆の文化をわかりやすく、ポップに伝えていく。」

会社員時代に情報発信する大切さを学んだ長屋さんは、ご自身の活動も積極的にインスタグラム(https://www.instagram.com/momoko_nagaya/)で情報発信しています。投稿内容も様々。「漆クイズ」や、漆制作に便利な日用品など、見る人が共感を得たり、興味を持ちやすい投稿が多いです。「完成品だけでなく、作業の過程も見てみたい」という声が多く寄せられてからは、制作途中の様子も公開するようになりました。情報発信の際にもお客様が楽しめる工夫を忘れない長屋さん。「今、目の前にいらっしゃるお客様を大切にする」姿勢がこちら側にも伝わってきます。
これからもファンを増やしながら意欲的に新しい「八雲塗」の可能性を探る活動に注目していきたいです。

後編は、「八雲塗やま本」にて長屋さんのご指導のもと、漆塗り体験に筆者が挑戦します。
思ったより気軽に出来たので、他の絵付けをおかわりして体験したくなるほど面白かったです。続編もお楽しみに。

【八雲塗やま本(山本漆器店)】(JR松江駅下車徒歩15分程度、タクシー約10分)
所在地:島根県松江市末次本町45
営業時間:9:30〜19:00
定休日:1月1日~3日
駐車場:本店横 松江大橋北詰東入
    大橋館 斜め前
    (軽・普通 二台 大型 一台)
URL:https://www.yakumonuri.jp/

長屋桃子さんのインスタグラム:https://www.instagram.com/momoko_nagaya/

カワモト タマコ

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東京都出身。「島根県の工芸、技術を次の世にも伝えていきたい!」と一念発起し、グラフィックデザイナーから松江市協力隊の松江工芸の魅力を伝える仕事に飛び込む。出...

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